SAの後遺症、OCDと共存しながら楽しく生きようと模索中
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結局、単純でも無神経でも真っ直ぐに育った人は強いものだといつも羨ましく思う。
けれど羨ましいからってそういう人になりたかったのかというと、YES と即答できるわけでもない。
多分微かな自己肯定感の最後の砦のようなものがそこには有るんだろう。

屈折していると人は弱い。
心配症で心を動かされやすく喜怒哀楽の振れ幅が大きかったり共感力が高かったりする。
それを一言で綺麗に「感受性」などという言葉で表されるのはひとにぎりの
類まれな表現力を持った芸術家たちだったりするけれど、
彼らにしたって、幸福な人生を送った人は多くはない。
悲惨な自死だったり発狂であったり孤独な人生だったり。
でも、生きた証を何か残せたことは、幸運かもしれない。

ただ、そうじゃない多くの人にとって人一倍多くの情報を人間関係から取り入れすぎてしまう習性は、
ただの生きづらさでしか無い。

 
そんなことを思うのは、友人の母親とその妹…友人から見れば叔母にあたる姉妹の老後のことを考えたからだ。
どんなふうにして育ってきた姉妹なのか何が彼らに対照的なキャラクターを形成させたのかは想像するしかないけれど
友人の母である姉の方は、いわゆる「可愛いおばあちゃん」で人に愛され結婚し子ともを二人育て外側から見たら幸せな生涯だ。
けれど彼女の産んだ二人目の女の子(私の友人)は、有る年齢になると、ことごとく母には否定的で反抗的になった。
娘がここまで自分を否定する理由を、母である彼女は全く理解できなかった。
こんなに大切に思ってるのに、と彼女は思っただろう。
何がいけなかったんだろう…と。

娘は何度も何度も繰り返してその理由を彼女に訴えたが、未だに彼女は娘の言葉が理解できない。
それはきっと彼女の中に、娘の心の世界にあるものが存在しないからだ。

母に理解されないことが苦しくて、娘は心の拠り所を叔母である彼女の妹に求めた。
理解の有る頼りになる叔母を娘は慕うようになる。

一方で叔母であるその妹は、結婚することもなく仕事に人生を捧げて来て、羨ましさを姉に対して抱いていたかもしれない。
賑やかな姉家族を見て寂しさを感じていたかもしれない。
そして、少しだけこの姉の「うすっぺらさ」のようなものを軽蔑していた。



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