dark side of moon

SAの後遺症、OCDと共存しながら楽しく生きようと模索中

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 パソコンの用事を済ませつつ、iTunesで音楽を聴いていました。
シャッフル機能を使って曲を流していたら、娘を思い出すある曲が流れてきて胸が苦しくなりました。
もう10年ぐらい前のことでしょうか。
娘がオススメの曲と言って教えてくれた曲です。
当時話題になっていた、ダンサブルで作者演奏者不明・・・という変わった曲。

自分で選んでかけたんじゃない曲・・・、外にいる時たまたま耳に入ってきた曲とかラジオから突然流れてきた曲に心を乱されてしまうことがよく有ります。
けど今日は、痩せ我慢してとばさずに最後まで聴いていました。
娘に無性に会いたくなりました。
LINEをしようかと思いました。
でも、色々考えて考えて、挙句の果てにそれはやめてこうしてここに気持ちをぶちまけています。

なんでそうするのか・・・自分の心を見つめてみました。
私はきっと自分の心を守りたいのです。

ずっとずっと前、娘を深く深く傷つけてしまって、もう心が通じ合わなくなってしまって、あんなにたくさんおしゃべりした彼女が、もう私に何も言葉を発しなくなりました。
何年間だったか・・・多分5年くらい、私は彼女にとって「そこにいない人」でした。
私にはつらい5年間でした。
それから少しずつ、時間をかけて私は彼女の心が溶けていくのを待ちながら、近寄っては後ずさりし、少しの言葉をかわしては有頂天になり、その反対に辛辣な言葉と態度には打ちひしがれて、それを何度も何度も繰り返しました。

私はそのときもまた痩せ我慢をして、
けど本当はとてもとてもつらかった。
けど、そんなつらさは自業自得で、娘のつらさにくらべたら「つらい」などと言うことも思うことも傲慢なのだと思った。
だから、必死でやせ我慢しつづけたのだと思います。
その間に私はすっかり臆病になり、娘と前のようには話せなくなりました。
もう二度と昔みたいに・・・。

この曲は、ようやく閉ざした心を少し開いてくれた彼女が、私に教えてくれた曲です。


取り返しの付かないこと。
そういうことが有ります。
それを認めなくてはならなくて。
そんなふうにしてある『今』 は、すべて私の選択してきたことなのだと。
それを認めなくてはならなくて。

私には、あの時のような絶望をもう二度乗り越える力は残っていないだろうと
そう感じて臆病な気持ちに支配されてしまうからなんです。
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湖に写って綺麗です。
きっと誰も観に来なくても、こんなに美しいんです。
命が生きた証がこんなに綺麗なものなら、私の命もどこかしらは美しいんでしょうか。
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