SAの後遺症、OCDと共存しながら楽しく生きようと模索中
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15:08:24
前回書いたドラマの話、あれからそのドラマは進行し、今娘は母の元を出て行くところまで来ています。

自分のもとを離れていく、そしてそれを望んでいる娘。
自立していく娘が自分と別人格であることが許容できない母。
その現実を見ないようにしようとする母親のもがきが腹立たしくも有り、逃げようとする娘にも少し苛立ちを感じます。
苛立ち・・・いえ、嫉妬かもしれません。
あんなふうに、スマートに出ていけたら良かったな・・・という。
ドラマでは充分ドロドロになっていますが、私の現実よりはずっとキレイ目な気がします。
それに母親の友人という理解者がいます。
大人の分別有る理解者が身近にいる・・・そのことへの嫉妬もあるかもしれません。

私にも手を差し伸べてくれる人はいたのかもしれない。
でも、あんなふうにお行儀よくできなかった私は、そんな人のことも知らず知らず遠ざけていたのかもしれません。

2016/05/01
16:39:17
参ってます。
寝ると悪夢でうなされます。
色々疲れてます。
でも1日1日を生きていきます。

14:30:22
  (まっすぐと屈折のはなし その1)

兄弟姉妹は対照的に育つことが多い。
同じ家庭の中で20年近い年月を過ごしてきても何故か、正反対のキャラクターだったりする。

私自身もそうだ。
私の、とても歳の離れた姉は私のSA加害者の配偶者でもある。
それを知っていて彼女があの男と結婚したのかというとそうではない。
私が姉に何も言わなかったからだ。
というか言いそびれた、言うチャンスがなかったからだ。

でも、現在は知っている。
知っているはずだ。

知っているとは思えないけど、私は話したから。

知ってるんだと思う。

一生言わないでおくはずだったのに
配偶者がいながらもあの男が理解し難いことに、妹である私に同じ行動を繰り返そうとしたからだ。
もう私は過去のようにその行為の意味がわからないほど幼くはなかったからそれは未然に終わったけれど
以前とは意味が違っていると思った。
姉に対するあの男の裏切りだと、思った。

私はその裏切りを隠すことは裏切り行為の共犯だと感じた。
姉はあの男とともに私に謝罪した。
あの男は芝居がかった悲しそうな顔をして私を直視して謝罪した。
その無神経な顔がずっとずっと焼き付いていて、度々不意に思い出してはお腹の中から何かが喉のところにこみ上げてくるのを数百回飲み込んだ。

姉も私に泣いて誤って、そして

あの二人が何を話してどう解決したのかは知らないけど
全ては無かったことになった。

この一連の出来事を、私は全く消化できずに今に至り
きっとこれからも宙ぶらりんのまま、あの家族と関わり続けていく。
そのことが、多分一生足かせになったまま私を精神的な囚われの状態にしたままにする。
考えると絶望的になるので私は時々あの家族がやっているように
無かったことにする、ことに便乗してみようかと思ったりもする。

でも出来ない。
余計に苦しくなる。

あの男の真の邪悪さを世界中で私以外の誰もしらない。


話をもとに戻すけれど、
友人の母とその叔母の姉妹に、私たち姉妹はよく似ていると思う。
私には、物事を深刻に考えずまっすぐに捉え嫌なことは忘れてしまうという術に長けている姉が
賑やかに楽しく仲良く暮らしているのを羨ましく思う。
姉の娘が何も知らずに私を叔母として慕って家族旅行に誘ってくれたりするのを恐怖とともに嬉しく思う。

私はいつも自分を裁き怯え次に襲ってくる困難を恐れて息を潜め
時に明るく賑やかなあの家族を妬みそんな自分をまた裁く。

友人の母と叔母は歳を重ねても未だ、
相容れないお互いの暮らし方と生き方と価値観で大きく隔てられている。
それは私達と全く同じだ。
私の友人はある年齢になって心身ともに独立し、もはや年老いた母親に
自分を理解してもらおうなどという思いからは開放されて自由になりつつ有る。
長い年月かかったその共依存からの独立は、
対照的な姉妹のそれぞれの形での試練でも有ったのだと思う。

一方で私にとって最愛の娘があの家族の一員になってしまったこと
その娘の選択によって私があの人々と縁を切ることすらできなくなってしまったこと
深い確執が次の世代を巻き込んでこじれていく様子は
きっと私への罰なんだろうと、これまでの生き方を振り返ってみたりする。

そして今、友人の叔母であるその妹は、心を病んでいる。
私はその姿に自分を重ねて
本当の幸せとはなんだろうかと思ったりする。

どれだけ大きな罪を私は犯したんだろう。

11:12:52
結局、単純でも無神経でも真っ直ぐに育った人は強いものだといつも羨ましく思う。
けれど羨ましいからってそういう人になりたかったのかというと、YES と即答できるわけでもない。
多分微かな自己肯定感の最後の砦のようなものがそこには有るんだろう。

屈折していると人は弱い。
心配症で心を動かされやすく喜怒哀楽の振れ幅が大きかったり共感力が高かったりする。
それを一言で綺麗に「感受性」などという言葉で表されるのはひとにぎりの
類まれな表現力を持った芸術家たちだったりするけれど、
彼らにしたって、幸福な人生を送った人は多くはない。
悲惨な自死だったり発狂であったり孤独な人生だったり。
でも、生きた証を何か残せたことは、幸運かもしれない。

ただ、そうじゃない多くの人にとって人一倍多くの情報を人間関係から取り入れすぎてしまう習性は、
ただの生きづらさでしか無い。

 
そんなことを思うのは、友人の母親とその妹…友人から見れば叔母にあたる姉妹の老後のことを考えたからだ。
どんなふうにして育ってきた姉妹なのか何が彼らに対照的なキャラクターを形成させたのかは想像するしかないけれど
友人の母である姉の方は、いわゆる「可愛いおばあちゃん」で人に愛され結婚し子ともを二人育て外側から見たら幸せな生涯だ。
けれど彼女の産んだ二人目の女の子(私の友人)は、有る年齢になると、ことごとく母には否定的で反抗的になった。
娘がここまで自分を否定する理由を、母である彼女は全く理解できなかった。
こんなに大切に思ってるのに、と彼女は思っただろう。
何がいけなかったんだろう…と。

娘は何度も何度も繰り返してその理由を彼女に訴えたが、未だに彼女は娘の言葉が理解できない。
それはきっと彼女の中に、娘の心の世界にあるものが存在しないからだ。

母に理解されないことが苦しくて、娘は心の拠り所を叔母である彼女の妹に求めた。
理解の有る頼りになる叔母を娘は慕うようになる。

一方で叔母であるその妹は、結婚することもなく仕事に人生を捧げて来て、羨ましさを姉に対して抱いていたかもしれない。
賑やかな姉家族を見て寂しさを感じていたかもしれない。
そして、少しだけこの姉の「うすっぺらさ」のようなものを軽蔑していた。


2015/02/17
15:19:22
実家の人々と行動するたび、激しく消耗するのは
小さな切り傷擦り傷があっちこっちに出来てひりひりするからなんですわ。
一個一個はそんな大怪我ではないんですが、もはや。
もはやそんな大怪我するほどアホじゃないんで。
身の守り方も除け方もさすがに学習したので。

けど、小さな傷でもたくさん出来ればこれはこれで痛いんです。
それがあっちこっちに出来て、痛いのに平気なフリしている自分にうんざりしていることも、それも痛いんですわ。

で、小刀振り回してニコニコ抱きついてくるような人々に、ニコニコ返している自分も、充分痛いんです。
それで、いてててて、ってなってるのに見えてなくて聞こえてなくて気づかない人々に、うんざりしている。
っていうか憎悪しているのに、
憎悪なんてそんな・・・まさかね・・・って思って…
いや、って思うことにして…楽してる自分が相当痛いです。

一番痛いです。

私はあの一族の、突然変異種です。









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