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dark side of moon

SAの後遺症、OCDと共存しながら楽しく生きようと模索中

5月に母が亡くなりました。
毒母ではありましたが、いなくなるというのはとても大きな出来事です。

亡くなる数ヶ月、いえ1年くらい前からか、母はもう以前の母ではなくただの年老いたわがままなおばあちゃんでした。
それ以前の毒っぷりが嘘のように、子どものような部分だけがクローズアップされて、ただの可愛らしい老人になりました。
なんだかずるいです。
そんな最後の姿とともに、争って傷つけた言葉ばかりが脳裏に焼き付いてしまうことになりました。

この3ヶ月弱、何が変わったのか。
母がなくなってから私の実家一族は大きな蝶番が外れたようです。
少なくとも私は、その大きく強力な蝶番によってこの一族になんとかぶら下がっていたのですから、今はもう落っこちそうです。

落ちても構わないのです。
一人で生きているのであれば。
でもそうは行かないわけで。

ぶら下がりながら、あれこれと考えながら、蝶番がはずれたことによる一族の悲しみの後ろ側にある、開放とも不安とも戸惑いとも言えるような異様な空気に、私自身が正気を失いそうになりながら、ふわふわと漂っているようです。

パートナーがアドバイスしてくれたことで最近実践していること。
誰かの役に立つかもと思い記しておきます。

つらいこと悲しいこと受け入れがたいことがあった時は、その出来事にタイトルを付ける。
すると、客観性とユーモアが持てて少し心が軽くなる。


って技です。

ショックな出来事の脳内リピート再生をいったん止めて、なんか、ちょっと気の利いたタイトルつけてやろうと考え始めることが出来たら、結構いい感じです。

えーと、前回の記事に書いた「果たし状」もちょっとそんな感じ。

「果たし状事件」
とでも名付けます。

その後、姉から電話がありました。
届いたそうです、果たし状。
Xは、ひとりで読んで、姉には見せなかったと・・・。
本当かな。
本当だったら、まあちっとは偉いんじゃないか?
その約束は守れたんだから。

あれはXにとっても受け入れがたいことなはずだけど、
そこはXの人間離れしたところ。
予想外のリアクションかも知れません。

「意味わかんない。」
って結論に達したかも知れません。

本当にそういう人種なんです。
世の中には、想像を絶する人間が居るものです。

そういう人から心身を守るためにも、生活の知恵は必要ですね。


ブログのテンプレを少し明るく変えました。
気分転換です。

最近ちょっとした病気になりました。
メンタルではなくて・・・。
ちょっとした・・・っていうのもおかしな言い方ですね(笑)
命にかかわるようなものでも、メンタルに患っている病気のようにひどくつらいものでもないです。

お薬飲んで、良い子にしていればきっとよくなるはず。
希望があるって、楽ですね。
不安が少ないだけで、身体も楽な気がします。

もっともこの病気でも、重い方も多いのでしょう。
凄く症状がつらい方も多いかと思います。

日常から小さな希望と感謝を探し出して、そこにフォーカスする。
それこそが幸せになる極意だと思います。

・・・と、そんなふうに思える、良い日もあるんですけどね(笑)

『年末病の取り扱い』というタイトルの文章が「傘をひらいて、空を」というブログに出ていた。
国民的聖なる日、年末年始を「帰省して家族団らん→幸せ」という定形にはまり込めない人たち・・・その内のひとりのお話。

こんな文章を読むとほっとする。
この定形にはまり込めないひとりとしては、この年末年始の何とも言えない季節を・・・
孤独感、疎外感・・・色々人によってあるだろうけれど、
そういうのを一部でも共有出来る誰かはいるのだという確認が出来る。

すると少し焦りが消えていくのだ。
ああ、ひたすら寝ていていいんだ。
ひたすら、逃げていていいんだ。

私は、年賀状のコマーシャルが始まる頃から、焦燥感に苛まれる。

年末年始、みんな行事で忙しい・・・少なくともそんなふうに見える。
日本国民みんな師走の名の通り、慌ただしく過ごし・・・そんな気がする。
私は慌ただしくなんかない。
孤独である現実を目の前につきつけられたり、考えたくないことに面と向かわなくてはならない。
この文章に書いてあるような「精神がもっとも荒廃する」時期になる。

そしてこの文章は
「それじゃあ来年もお正月の東京を歩こう、人の少ない、うつくしい東京を歩こう。」
という一文で終わっている。

そう、私もそうしようか・・・。
この間ネットのある記事を読んで思った。
LINKIN PARKのボーカル、チェスター・ベニントンが自殺したことにふれた記事だった。
その記事を書いた筆者は彼のファンで、彼の歌を愛し彼に救われたと。
chester.jpg

今まで私が好きになった音楽やミュージシャン、画家や絵、映画、役者さんや監督、物語や作家。
みんな、私が暗闇にいる時、時空を超えてそこに一緒にいてくれたものと人。
励ましてくれたわけではなくて、多分同じ暗闇を知っているということが私には大切で、彼らはみんなやり場のない気持ちをいろんな方法で誰かに伝えようとしていて、もしかしたら伝えるというよりも漏れてしまううめき声のようなものかもしれないけれど、それは全部、私そのものの声であったり私が表現できない何かを代弁してくれるものであったりした。
私にとってもチェスター・ベニントンはそのひとりだった。

その記事の筆者も、チェスターがそばにいてくれたこと、だから行きてこられたと語っていた。
けれど、
筆者自身は救われたけど、チェスター・ベニントンはどうだったのだろう・・・と。
自分自身を救うことが出来ず、命を断ったのではないか。

それは悲しいことだ。
チェスターもまた子供の頃に性虐待を受けたひとりだったことを私は彼が命を断ったあとに知った。

でも、芸術は凄いと思う。
人の表現しようとする力は、たとえ生み出すその人自身を救えなかったとしても、知らない誰かを救うことが出来るし、未来の誰かを救うかもしれないのだから。
チェスターの音楽は、これからもきっと誰かの生きる力になっていくはずだ。