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dark side of moon

SAの後遺症、OCDと共存しながら楽しく生きようと模索中

「被害者ヅラして病気になんかなって」

私がつい発したこの言葉に、カウンセラーさんが言いました。

『被害者ヅラ では無いです 被害者 です』

そうでした。
前回先生にも言われたんだった。
でも、この意識は深く強く心の底に根をはっているようなんです。
一体どういう刷り込みでしょうか。
とこからやってきた思い込みでしょうか。

土を丁寧にほぐすように
何度でも言葉を変えてカウンセラーさんはそこを訂正してくれます。
それを地道に繰り返すことで、硬い土がほぐれ、大きな根っこをグラグラと動かしてくれている気がします。

そのたびに私は
ああ・・・ですね・・・、と苦笑いしながらも
「ほらまた、こうやって被害者ヅラして・・・」
って思っています。

「もしもドラえもんの道具で、記憶を消すことができるとしたら
あなたはそれ、使いますか?」
と、先生が私にたずねました。

「私は、なんで今になってこんなことになってるんでしょう。
ずっとずっと、長いこと大丈夫でやれてきたのに。
なんで今なんでしょう。
加害者や周囲への無意識のあてつけなんでしょうか。」
という私の質問に対する先生の逆質問です。

すべてを忘れてしまえたらどんなに楽だろう・・と、自分がそう思っているとばかり信じていました。
ドラえもんがもし、被害記憶を忘れてしまう道具でなにもかもを無かったことにしてくれたら。
でも、私は

「忘れてたまるか」

と思っていたのです。

「あなたはその記憶を誰にも話さず、周りの人を守るために自分ひとりが抱えて、例えば・・・墓場に持って行くぞと、そう思っていたわけですよね。」

そうそう・・・そのはずでした。
もしかしたら私は、そんな自分、そんな強くて大きな自分になりたくて、
出来もしない課題を自分自身に出来ると嘘をついて
そして抱え込んで今までやってきた。
誰の力も借りるものかと頑張ってきた。

何年も何年も経って、そして今になって私はあらためて、抱えきれない解決できない課題を、これは私の重荷なんだと初めて気づいて、
「重い」
と声に出したのだと思います。

「重いよ、もうやだ。」
と言ったとき、私は心を病む準備がようやくできたという事なのかもしれません。

この話が済んで、ストンと腑に落ちた何か大きなものが、心の中であるべき場所に収まったように感じがしました。


 ひととおり、性虐待被害のことを話し終わってメンクリの先生に聞かれました。
前の先生にはその話は・・・?

そう、思い出した。
話したんです。
そうしたら
「それはひどい目に合いましたね。」と言われ、
なんだかそれ以上話す雰囲気では無かった。

これも先生との相性なのでしょうか。
前のメンクリの待合室で、専門書的な雜誌に付箋がついたページが有り、そこを開いたら院長の論文が出ていました。
難しくてあまり理解できなかったけれど、患者の話にあまり傾聴するのは逆効果であるというような意味のことが書かれていて、ああこの先生はそういう派なのね・・・と思い込んでいたからかもしれません。

その話を先生にすると、ひとこと「ああ、そうですか。」とだけ。
そして、「今一番困っていること」を聞かれました。
娘のみやびが、X(加害者)の娘と私の間に入って困ってしまっている。
加害者の娘みっちゃんはみやびにとっては従姉妹です。
仲の良い姉妹のような関係です。

「おかあさん、みっちゃんにあの話をして。彼女だってもう大人なんだから大丈夫だと思う。」と言われている。
「じゃないと、おかあさんのXに対する変な態度をみっちやんに指摘され責められた時、もう、かばうのがつらい。そんな状態で私達二人の仲も最近良くないんだ。」
母の葬儀のことや色々な雑事でXと同席する機会が続く日々の中で私の状態もかなり悪化し、その分ずいぶん態度に出やすくなっていたこの頃。
娘の周りではそんなことが起こっていたのでした。
それともうひとつ、娘の中では、何も知らず不平をぶつけるみっちゃんに対しての悔しさもあるのだと思います。

そのことでずっと迷って悩んでいました。
みっちゃんはどうなるんだろう。
言ってしまえばもう後には引けない。
彼女のメンタルが壊れたり、親子関係が壊れたり、娘との関係がぎくしゃくしたり・・・マイナス要因が頭を駆け巡る。

そんな話をしたときに言われた先生の一言。

「それ、あなたの仕事ですか?」


「え・・・。」
と固まりました。


先生は「こどもに伝えるとしたら、それ、親の仕事でしょう。」と続けました。

「親・・・って、加害者と姉のことですか」

「そうですよ。自分のしたことの責任を取るべき人が取る。」

あまりにも自分の中に無かった発想に、私は言葉を失いました。

 もう限界を感じてメンクリにまた行くことにしました。
引っ越しもしたので、新しい病院。新しい先生です。
とりあえず気になっていた近くのメンクリをネットで調べて評判など読んでいたら怖くなり、何が怖いって不用意な言葉で傷つけられたりすることが怖くて。
先生はそのつもりがなくても、精神科の先生なのに鬱になりそうなことを言う人がいるのです。
いや、あえて何かの目的でメンタルを究極の状況に持っていこうとするのか・・・とか考えるのですが、どうなんだろう。
いずれにしてもそれで結果的に良い方向に行けばいいのですが、潰れてしまうこともあるだろうし。
自分の豆腐メンタルっぷりを熟知しているので余計心配でした。

 結果的にそういう危惧は全くの思い過ごしでしたが、これもネットの評判通り「もしかしたら、隠れた名医なのかも。」「かなりの変人であることは確か。」「合うか合わないか、両極端」などのコメントがすべて納得行った・・・という感じの先生でした。

とにかく話を聞いてくれるのはありがたかった。
こんなにメンクリの先生に話をしたのは初めてで。
聞きたいことがちゃんと聞けました。
謎が、今までぼんやりと謎だったこと、それが少し明確になってくるためのキーワードをもらえました。

それを少しずつ、書いていこうと思います。
自分のための覚書の意味も含めて。

まず第一日目、わからなかったことがわかった。
前進しました。
そしてわかったことで、少し、前より苦しくなりました。
5月に母が亡くなりました。
毒母ではありましたが、いなくなるというのはとても大きな出来事です。

亡くなる数ヶ月、いえ1年くらい前からか、母はもう以前の母ではなくただの年老いたわがままなおばあちゃんでした。
それ以前の毒っぷりが嘘のように、子どものような部分だけがクローズアップされて、ただの可愛らしい老人になりました。
なんだかずるいです。
そんな最後の姿とともに、争って傷つけた言葉ばかりが脳裏に焼き付いてしまうことになりました。

この3ヶ月弱、何が変わったのか。
母がなくなってから私の実家一族は大きな蝶番が外れたようです。
少なくとも私は、その大きく強力な蝶番によってこの一族になんとかぶら下がっていたのですから、今はもう落っこちそうです。

落ちても構わないのです。
一人で生きているのであれば。
でもそうは行かないわけで。

ぶら下がりながら、あれこれと考えながら、蝶番がはずれたことによる一族の悲しみの後ろ側にある、開放とも不安とも戸惑いとも言えるような異様な空気に、私自身が正気を失いそうになりながら、ふわふわと漂っているようです。