SAの後遺症、OCDと共存しながら楽しく生きようと模索中
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2018/01/02
01:44:48
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
予想通り、例年通り、
薄っすらと憂鬱な灰色の雲に覆われて、
お正月を迎えています。
明日、少し実家に顔を出して来ます。
娘に会って母の顔を見て。
そして見たくもないXの顔見て。
あ、そうそう以前にも触れたでしょうか。
視覚はどうにでもなるけれど聴覚が一番辛い話。
顔をそむければ、目を伏せれば
姿形は見なくて済むんですが、
声だけはどうにもならず…
耳を塞ぐ訳にもいかず。
耳を塞ぐ代わりに心にバリアーをはっておく。それ、凄くパワーを使うんです。
でもそうしないとあの声が暴力的にズカズカと上がり込んで私の身も心も荒らして行くので、以前から無意識にバリアーがはれるようになりました。
が、後でぐったり疲れている自分に気がつきます。
それでも、実家には行こうと思う。
会いたい人がいるからだけど、その事を思うたび、何故会いたい人と会うことと会いたくない人と会わなければならないことがセットになっているんだろう、と悔しさが込み上げて来ます。
そういう自分の運命のようなものが恨めしくなって来ます。
お正月から愚痴ですけど、ここには今年も愚痴を吐き出すと思う。
前向きなことはあまり書くことは少ないかもしれません。
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17:12:38
『年末病の取り扱い』というタイトルの文章が「傘をひらいて、空を」というブログに出ていた。
国民的聖なる日、年末年始を「帰省して家族団らん→幸せ」という定形にはまり込めない人たち・・・その内のひとりのお話。

こんな文章を読むとほっとする。
この定形にはまり込めないひとりとしては、この年末年始の何とも言えない季節を・・・
孤独感、疎外感・・・色々人によってあるだろうけれど、
そういうのを一部でも共有出来る誰かはいるのだという確認が出来る。

すると少し焦りが消えていくのだ。
ああ、ひたすら寝ていていいんだ。
ひたすら、逃げていていいんだ。

私は、年賀状のコマーシャルが始まる頃から、焦燥感に苛まれる。

年末年始、みんな行事で忙しい・・・少なくともそんなふうに見える。
日本国民みんな師走の名の通り、慌ただしく過ごし・・・そんな気がする。
私は慌ただしくなんかない。
孤独である現実を目の前につきつけられたり、考えたくないことに面と向かわなくてはならない。
この文章に書いてあるような「精神がもっとも荒廃する」時期になる。

そしてこの文章は
「それじゃあ来年もお正月の東京を歩こう、人の少ない、うつくしい東京を歩こう。」
という一文で終わっている。

そう、私もそうしようか・・・。

12:24:12
9歳で身近な人から性的な行為をされた私は10年間、誰にも言わなかった

この記事を読んでとっても私に似ているなぁと思った。
なんだか、自虐的なのかもれないけれど性暴力に関わるニュースや被害者の体験などの記事はついつい読んでしまう。

この女性の加害者も私と同じように「遊んでくれる仲良しのお兄ちゃん」だった。
私と加害者の年齢は、この人達よりそれぞれ2~3歳ずつ低い。
記事を書いた女性は当初何をされたのかよくわからなかった。
けれど「何かとても嫌なこと」だったこと、そして年齢とともにその正体が彼女の中で徐々に明らかになっていった様子・・・全く同じだった。
こういう文章を読むたびに、ああ、私は正しかったんだ、そう感じてよかったんだ、そういう反応は仕方かなったんだ。
そう思える。
自分だけがおかしかったのか、何か間違ってしまったのか、私がいけなかったのか・・・そういう自責の念から少しずつ救われる。

この女性が幸いにも、ある程度の年令になってから母親に打ち明けて謝罪を受けたこと(母親は当初加害者を理由もなく嫌う彼女を責めた事があった)を羨ましく思ったし、そうか良かったな・・・と思った。
泣きながら謝って、加害者に対して二度と彼女の家族に関わらないでほしいと伝えた母親・・・そういう冷静な判断力と知性が有った母親を持ったこの女性が心底羨ましい。
彼女が19歳のときのことだそうだけれど、それまでの一人で抱えていた辛さを随分と救った瞬間だったと思う。


まだまだ、この女性が色んな苦痛を色んな形で抱えて生きていくことに変わりはないけど、それ以来、彼女の中で一つの恐怖がきっと終わったんだろう。

私の加害者はその後私の実の姉と結婚してしまったから、私は加害者と義理の兄弟になった。
そのことでたくさんのものを失った。
自分の居場所、それから大人になってからは、安らげる実家、帰れる場所、姉との親近感、母との信頼関係、実家につながる多くの親族とのこだわりのない関係。
そんなにたくさんのものを失うとは思わなかった。
当時姉は突然加害者と家出してしまったのだけど、もしそうでなかったとしたら私はその時に姉に伝え結婚を止められただろうか、母に打ち明けられただろうか。
まだ、小学生だった私には判断できないことばかりだった。

そのことでは時々自分を責める。
何もできなかった自分を責めるけど、最近になって時々はあの小さい私に「仕方なかったよ」と言って、そして抱きしめるイメージを持つことが出来る。
インナーチャイルドっていうらしい。


03:01:53
この間ネットのある記事を読んで思った。
LINKIN PARKのボーカル、チェスター・ベニントンが自殺したことにふれた記事だった。
その記事を書いた筆者は彼のファンで、彼の歌を愛し彼に救われたと。
chester.jpg

今まで私が好きになった音楽やミュージシャン、画家や絵、映画、役者さんや監督、物語や作家。
みんな、私が暗闇にいる時、時空を超えてそこに一緒にいてくれたものと人。
励ましてくれたわけではなくて、多分同じ暗闇を知っているということが私には大切で、彼らはみんなやり場のない気持ちをいろんな方法で誰かに伝えようとしていて、もしかしたら伝えるというよりも漏れてしまううめき声のようなものかもしれないけれど、それは全部、私そのものの声であったり私が表現できない何かを代弁してくれるものであったりした。
私にとってもチェスター・ベニントンはそのひとりだった。

その記事の筆者も、チェスターがそばにいてくれたこと、だから行きてこられたと語っていた。
けれど、
筆者自身は救われたけど、チェスター・ベニントンはどうだったのだろう・・・と。
自分自身を救うことが出来ず、命を断ったのではないか。

それは悲しいことだ。
チェスターもまた子供の頃に性虐待を受けたひとりだったことを私は彼が命を断ったあとに知った。

でも、芸術は凄いと思う。
人の表現しようとする力は、たとえ生み出すその人自身を救えなかったとしても、知らない誰かを救うことが出来るし、未来の誰かを救うかもしれないのだから。
チェスターの音楽は、これからもきっと誰かの生きる力になっていくはずだ。


01:23:13
優しい人ほど他者に期待しない

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