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dark side of moon

SAの後遺症、OCDと共存しながら楽しく生きようと模索中

 ひととおり、性虐待被害のことを話し終わってメンクリの先生に聞かれました。
前の先生にはその話は・・・?

そう、思い出した。
話したんです。
そうしたら
「それはひどい目に合いましたね。」と言われ、
なんだかそれ以上話す雰囲気では無かった。

これも先生との相性なのでしょうか。
前のメンクリの待合室で、専門書的な雜誌に付箋がついたページが有り、そこを開いたら院長の論文が出ていました。
難しくてあまり理解できなかったけれど、患者の話にあまり傾聴するのは逆効果であるというような意味のことが書かれていて、ああこの先生はそういう派なのね・・・と思い込んでいたからかもしれません。

その話を先生にすると、ひとこと「ああ、そうですか。」とだけ。
そして、「今一番困っていること」を聞かれました。
娘のみやびが、X(加害者)の娘と私の間に入って困ってしまっている。
加害者の娘みっちゃんはみやびにとっては従姉妹です。
仲の良い姉妹のような関係です。

「おかあさん、みっちゃんにあの話をして。彼女だってもう大人なんだから大丈夫だと思う。」と言われている。
「じゃないと、おかあさんのXに対する変な態度をみっちやんに指摘され責められた時、もう、かばうのがつらい。そんな状態で私達二人の仲も最近良くないんだ。」
母の葬儀のことや色々な雑事でXと同席する機会が続く日々の中で私の状態もかなり悪化し、その分ずいぶん態度に出やすくなっていたこの頃。
娘の周りではそんなことが起こっていたのでした。
それともうひとつ、娘の中では、何も知らず不平をぶつけるみっちゃんに対しての悔しさもあるのだと思います。

そのことでずっと迷って悩んでいました。
みっちゃんはどうなるんだろう。
言ってしまえばもう後には引けない。
彼女のメンタルが壊れたり、親子関係が壊れたり、娘との関係がぎくしゃくしたり・・・マイナス要因が頭を駆け巡る。

そんな話をしたときに言われた先生の一言。

「それ、あなたの仕事ですか?」


「え・・・。」
と固まりました。


先生は「こどもに伝えるとしたら、それ、親の仕事でしょう。」と続けました。

「親・・・って、加害者と姉のことですか」

「そうですよ。自分のしたことの責任を取るべき人が取る。」

あまりにも自分の中に無かった発想に、私は言葉を失いました。

 もう限界を感じてメンクリにまた行くことにしました。
引っ越しもしたので、新しい病院。新しい先生です。
とりあえず気になっていた近くのメンクリをネットで調べて評判など読んでいたら怖くなり、何が怖いって不用意な言葉で傷つけられたりすることが怖くて。
先生はそのつもりがなくても、精神科の先生なのに鬱になりそうなことを言う人がいるのです。
いや、あえて何かの目的でメンタルを究極の状況に持っていこうとするのか・・・とか考えるのですが、どうなんだろう。
いずれにしてもそれで結果的に良い方向に行けばいいのですが、潰れてしまうこともあるだろうし。
自分の豆腐メンタルっぷりを熟知しているので余計心配でした。

 結果的にそういう危惧は全くの思い過ごしでしたが、これもネットの評判通り「もしかしたら、隠れた名医なのかも。」「かなりの変人であることは確か。」「合うか合わないか、両極端」などのコメントがすべて納得行った・・・という感じの先生でした。

とにかく話を聞いてくれるのはありがたかった。
こんなにメンクリの先生に話をしたのは初めてで。
聞きたいことがちゃんと聞けました。
謎が、今までぼんやりと謎だったこと、それが少し明確になってくるためのキーワードをもらえました。

それを少しずつ、書いていこうと思います。
自分のための覚書の意味も含めて。

まず第一日目、わからなかったことがわかった。
前進しました。
そしてわかったことで、少し、前より苦しくなりました。
5月に母が亡くなりました。
毒母ではありましたが、いなくなるというのはとても大きな出来事です。

亡くなる数ヶ月、いえ1年くらい前からか、母はもう以前の母ではなくただの年老いたわがままなおばあちゃんでした。
それ以前の毒っぷりが嘘のように、子どものような部分だけがクローズアップされて、ただの可愛らしい老人になりました。
なんだかずるいです。
そんな最後の姿とともに、争って傷つけた言葉ばかりが脳裏に焼き付いてしまうことになりました。

この3ヶ月弱、何が変わったのか。
母がなくなってから私の実家一族は大きな蝶番が外れたようです。
少なくとも私は、その大きく強力な蝶番によってこの一族になんとかぶら下がっていたのですから、今はもう落っこちそうです。

落ちても構わないのです。
一人で生きているのであれば。
でもそうは行かないわけで。

ぶら下がりながら、あれこれと考えながら、蝶番がはずれたことによる一族の悲しみの後ろ側にある、開放とも不安とも戸惑いとも言えるような異様な空気に、私自身が正気を失いそうになりながら、ふわふわと漂っているようです。

パートナーがアドバイスしてくれたことで最近実践していること。
誰かの役に立つかもと思い記しておきます。

つらいこと悲しいこと受け入れがたいことがあった時は、その出来事にタイトルを付ける。
すると、客観性とユーモアが持てて少し心が軽くなる。


って技です。

ショックな出来事の脳内リピート再生をいったん止めて、なんか、ちょっと気の利いたタイトルつけてやろうと考え始めることが出来たら、結構いい感じです。

えーと、前回の記事に書いた「果たし状」もちょっとそんな感じ。

「果たし状事件」
とでも名付けます。

その後、姉から電話がありました。
届いたそうです、果たし状。
Xは、ひとりで読んで、姉には見せなかったと・・・。
本当かな。
本当だったら、まあちっとは偉いんじゃないか?
その約束は守れたんだから。

あれはXにとっても受け入れがたいことなはずだけど、
そこはXの人間離れしたところ。
予想外のリアクションかも知れません。

「意味わかんない。」
って結論に達したかも知れません。

本当にそういう人種なんです。
世の中には、想像を絶する人間が居るものです。

そういう人から心身を守るためにも、生活の知恵は必要ですね。


昨日は果たし状を書いた記念すべき日だった。
そして今日はそれを投函することが出来た前進の日だった。
 以下、青文字の部分は、ブログ用に加筆、または書き変えしました

 前略
お約束いただきたいことが有り、お手紙を書いています。
以下、ひとりで読んでください、他の人には見せないでください。

同封の文章をお読みください。(インターネットの、児童性虐待の被害がもたらすその後の影響などを分かりやすく書いているサイトから文を拝借し印刷しました)
これは、私の書いたものではありませんが、参考文献としてわかりやすいと思ったので自分自身に一番近いと思われる内容のものを引用しました。
インターネットからの印刷なので、ところどころ不必要な文が入っていますが、ご了承ください。
現在の私の状態では適切で理性的な以下に記すことの理由を説明する文章が書けないこと、自分でそのような文章を詳細に作ることが精神的に厳しい状態であること、から客観性のある他の人の文を使いました。

この文章にあるように、私は、幼少時に受けたあなたからの性的な虐待によって長い間苦しんできました。
1990年頃に姉とあなたに一度だけお話したことがありますが、その時は宿泊施設のある某所であなたが私に対してした行為について今後このようなことはもうやめてほしい旨を告げなければならないと思ったからです。
その当時はすでに姉と結婚していたあなたが、この期に及んでもまだ姉や私を苦しめるようなことをするのであれば、それは許すことが出来ないと私が考えたからです。
(これは幼少時の虐待が一時止んで、10年位経ってから一回だけ姉が寝ている同じ部屋で起きたことでした)

その後現在まで、この問題には自分自身だけで向き合ってきましたが、限界を感じています。そのため最低限以下のことをお約束ください。

1. 私の自宅、また前出の場所への出入りをご遠慮願いたいこと

2. この件に関しては、二度と口にしていただきたくないこと
もちろん、弁明、謝罪なども含め、一切触れないでください。

3. 今後仮に私があなたより先に死亡した場合、私の通夜葬儀一切に出席することをご遠慮いただきたいこと。遺体に近寄らないでいただきたいこと。
これは、私の気持ちを理解していただくのが難しいかと思いますが、私が一番恐れていることですので、どうか約束してください。

繰り返しになりますが、現在まで家族を苦しめたくない為、あなたに対しても極力この事は話さずに来ました。
これからも家族を傷つけたくない気持ちは変わりません。
ですから、上記を守っていただければ私はあなたに対しても今までどおり接するつもりです。正直、あなたに接触することは苦痛を伴いますが、家族を巻き込むのは避けたいと思っています。
上記、1 については、姉と娘の名前は解っていますので、彼らに話す必要はありません。

どうかこれからも、姉のことを今まで同様に大切にし、守ってあげてください。




                       平成30年4月23日 月曜日





長い長い時間がかかった。
これだけのことを伝えるのに。
もっとずっと苦しいかと思ったけど、思っていたほどではなかった。
過呼吸を起こすんじゃないか心配だったけど、それも大丈夫だった。
きっと、私を理解してくれる人がひとりまたひとり、増えていつのまにか心強くなっていたのだと思う。

今とっても苦しんでいる人に伝えたい。
またまだ、道の途中だけど、頂上までは登れないかも知れないけど、こんな日も来るんだってこと。